大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成9年(ネ)1078号 判決 1998年6月05日

控訴人

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

中山茂宣

杉田邦彦

有岡利夫

酒井辰馬

被控訴人

白水健太

右訴訟代理人弁護士

髙橋隆

主文

一  本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却する。

二  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、金一一二万八六八五円及びこれに対する平成九年四月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  (当審で追加した予備的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、金一一二万八六八五円及びこれに対する平成九年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  被訴訟人

主文と同旨

第二  当事者の主張

以下のとおり補正するほかは、原判決の事実摘示(三頁五行目から九頁四行目までに記載)のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決七頁二行目から七行目までを削除する。

二  同頁一〇行目の次に改行して次のとおり加える。

「6 損害賠償請求権の保険代位

右合意の成立が認められないとしても、

(一)  本件事故は、倉島運転の自動車(以下「倉島車」という。)が、幹線道路の路外から、反対車線を右折するため、右側の安全を確認した上、右道路に進出して中央線付近で停止し、反対車線上の走行車をやり過ごそうと待機していた際、被控訴人運転の自動車が、前方を注視せず、かつ、制限最高速度時速五〇キロメートルを超える時速八〇キロメートルの高速度で、倉島車の右方から直進してきて同車の右側面に衝突したものである。

右によると、その過失割合は、被控訴人側を四五パーセント、倉島側を五五パーセントとするのが相当である。

(二)  したがって、控訴人は、商法六六二条の規定に基づき、支払保険金二〇〇万円の限度内で、右過失割合に応じて按分された、倉島の被控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権一一二万八六八五円を代位取得した。なお、保険金額が保険価額(損害額)に達しない一部保険で、かつ、過失相殺等により被保険者が第三者に対して有する権利が損害額より少ない場合、比例分担の原則に従い、填捕した金額(二〇〇万円)の損害額(二五〇万八一九〇円)に対する割合を乗じて算出された額を代位取得すると解すべきであるとしても、控訴人は、少なくとも九〇万円の損害賠償請求権を代位取得した。

7 事務管理又は不当利得

右合意の成立又は損害賠償請求権の保険代位が認められないとしても、

(一)  控訴人は、被控訴人との間に何らの権利義務がないのに、本来被控訴人が倉島に賠償すべき損害部分につき保険金を支払ったが、右は、義務なくして被控訴人のための事務を管理したことにほかならない。

したがって、控訴人は、支払保険金のうち被控訴人が倉島に対して賠償すべき金額について、被控訴人のために有益な費用を負担したことになるから、被控訴人に対し、前記過失割合に応じて按分された一一二万八六八五円の費用償還請求権を有する。

(二)  また、控訴人は、右のとおり被控訴人が倉島に対して負っていた損害賠償債務を、被控訴人に対する何らの義務なくして倉島に弁済したのであるから、被控訴人は、控訴人の損失において法律上の原因なくして利益を受けている。

したがって、控訴人の支払保険金のうち被控訴人が倉島に対して賠償すべき金額について、控訴人は、被控訴人に対し、前記過失割合に応じて按分された一一二万八六八五円の不当利得返還請求権を有する。」

三  同七頁末行から八頁六行目を次のとおり改める。

「8 よって、控訴人は、被控訴人に対し、主位的請求として、合意による求償権又は代位取得した損害賠償請求権に基づき、一一二万八六八五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年四月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的請求として、事務管理による費用償還請求権又は不当利得返還請求権に基づき、右同額の金員及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

四  同九頁四行目の次に改行して次のとおり加える。

「 6 同6は争う。本件事故の過失割合は、被控訴人側を二〇パーセント、倉島側を八〇パーセントとするのが相当である。

7 同7は争う。

三  抗弁

1(一)  倉島は、本件事故の日である平成五年四月二二日にその損害及び加害者を知ったところ、その翌日から起算して三年が経過しており、また、保険金の支払日である平成六年六月二三日の翌日から起算しても既に三年が経過している。したがって、控訴人が代位取得した被控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権は消滅時効が完成している。

(二)  よって、被控訴人は、控訴人に対し、平成一〇年二月一七日の当審口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  再抗弁

1  保険代位による損害賠償請求権の消滅時効の起算日は、控訴人が右請求権を行使するための要件が整った保険金の支払日と解するのが相当である。そうすると、控訴人が保険金を支払ったのは平成六年六月二三日であって、控訴人が本件訴訟を提起したのが平成九年四月一四日であるから、右時効は中断している。

2  そうでないとしても、被控訴人は、倉島との間で、平成八年七月一七日成立した訴訟上の和解において、本件事故による損害賠償債務があることを承認したので、右時効は中断している。

六  再抗弁に対する認否

争う。

なお、訴訟上の和解は、控訴人が保険金を支払い、倉島の被控訴人に対する損害賠償請求権を代位取得した後にされたものであるから、被控訴人の倉島に対する右損害賠償債務の承認によって、控訴人の代位取得した損害賠償請求権が中断することはあり得ない。また、控訴人が右のような債務の承認による時効の中断を主張するのは、信義則に反し、権利の濫用である。」

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  以下のとおり補正するほかは、原判決の理由説示(九頁九行目から一三頁末行までに記載)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇頁一行目の「甲五」の次に「、六」を加え、「号証」の次に「及び原審証人松本正澄の証言」を加える。

2  同一三頁末行の次に改行して次のとおり加える。

「三 損害賠償請求権の保険代位について

1  甲七号証、原審証人松本正澄の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が、倉島に対し、平成六年六月二三日、第一契約の車両保険特約に基づき、倉島車の本件事故による損害の填補として、車両保険金二〇〇万円を支払ったことが認められる。したがって、控訴人は、商法六六二条の規定に基づき、支払保険金の限度内で、倉島が被控訴人に対して有する本件事故に基づく不法行為による損害賠償請求権を代位取得したということができる。

ところで、保険者は、保険給付の時点で、被保険者である被害者の加害者に対する損害賠償請求権をその実体法上の権利の性質を変更することなく当然に承継取得するものであって、代位取得される権利は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権にほかならないから、代位の事実が介在しても、被代位債権である損害賠償請求権についての消滅時効の起算点や時効期間に何らの消長を来すものではないと解される。

2  そこで、右損害賠償請求権の消滅時効の成否について検討するに、乙六号証によれば、倉島は、本件事故当日の平成五年四月二二日に本件事故による損害とその加害者を知ったものと認められるところ、平成五年四月二二日の翌日から起算して既に三年の時効期間が経過していることは明らかである。

次に、再抗弁(時効の中断)についてみるに、控訴人が本件訴えを提起したのが平成九年四月一四日であることは、当裁判所に顕著であり、既に時効期間の三年が経過した後のことであるから、右裁判上の請求が右時効の中断事由となり得ないことは明らかである。

また、倉島と被控訴人との間で、倉島が平成七年九月五日に提起した訴訟において、平成八年七月一七日に、被控訴人が倉島に対し、本件事故に関して一〇〇万円を支払う旨の訴訟上の和解が成立したことは、前記認定のとおりである。しかしながら、被保険者が保険給付を受ければ、加害者に対する損害賠償請求権は、給付の限度で当然に保険者に移転する。したがって、被控訴人が倉島に対して右和解により損害賠償債務を承認したからといって、これより以前の平成六年六月二三日の保険金の支払により控訴人に既に移転している権利については、右承認が時効の中断事由となる理由はない。ちなみに、乙二、四号証によると、右訴訟において倉島が主張した損害は、車両損害として損害額二七〇万円から車両保険金一九五万円を控除した残額七五万円と、休業損害等の人的損害八八〇万円であり、右和解は、物的損害及び人的損害を一括し、和解金として一〇〇万円を授受するという内容のものであったことが認められる。

のみならず、控訴人との関係では、右和解は三年の時効期間経過後に成立したのであるから、この点からも時効の中断事由とはなり得ない。

3  そうすると、控訴人の代位取得した被控訴人に対する右損害賠償請求権については、消滅時効が完成しているというべきである。

そして、被控訴人が、平成一〇年二月一七日の当審口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。

四  事務管理又は不当利得について

控訴人は、倉島に保険金二〇〇万円を支払ったことにより、前記過失割合に応じて按分された一一二万八六八五円について、被控訴人に対し事務管理による費用償還請求権又は不当利得返還請求権を有すると主張する。

しかしながら、前記認定の事実によると、控訴人は、被保険者である倉島との間の第一契約の車両保険特約に従い、倉島に対する契約上の債務の履行として保険金を支払ったものである。したがって、右保険金の支払が他人である被控訴人のための事務の管理に当たると解すべき根拠はない。

また、保険者は、保険金を支払った場合、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を当然に代位取得する。したがって、代位の事実が生じても、加害者が被害者(被保険者)に対する損害賠償義務を免れることにはならず、控訴人の保険金の支払によって、被控訴人が法律上の原因なしに不当に利益を得たと解することはできない。

そうすると、控訴人の右主張はいずれも採用することができない。」

二 以上の次第で、控訴人の本件請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである。

よって、本件控訴及び当審における予備的請求をいずれも失当として棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小長光馨一 裁判官小山邦和 裁判官石川恭司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例